千葉地方裁判所佐原支部 昭和60年(ワ)48号 判決 1986年8月19日
原告
人見嘉一郎
被告
岡野修
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は、原告の負担とする。
事実
一 当事者の求めた裁判
1 原告
被告は、原告に対し、金二三八万三五一〇円及びこれに対する昭和五九年六月二八日から支払いずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。
訴訟費用は、被告の負担とする。
仮執行宣言。
2 被告
主文同旨。
二 当事者の主張
1 請求原因
(一) 事故の発生(以下、本件事故という。)
(1) 日時 昭和五七年一一月一日午前六時三〇分ごろ
(2) 場所 茨城県鹿島郡神栖町大字平泉一二入会四八〇番地先交差点
(3) 加害車 被告運転の普通乗用自動車
(4) 被害車 原告運転の原動機付自転車
(5) 事故の態様
原告は、前記(2)の交差点を神栖町木崎方面から同町旧開発組合方面に向つて被害車を運転して直進中、同町高浜方面から平泉方面に向つて同交差点に進入してきた被告運転の加害車が左側面に衝突。
(二) 被害の程度
(1) 原告は、本件事故により左脛骨開放骨折、左腓骨々折、左膝部挫創、頸部、両肩、左胸部、背部の各挫傷の傷害を蒙り、次のとおり、入、通院を繰り返えし、後遺症を残した。
(2) 入、通院
(ア) 入院
昭和五七年一一月一日から昭和五八年一月一〇日までの七一日間
昭和五八年五月九日から同月一八日までの一〇日間
(イ) 通院
昭和五八年一月一三日から同年五月八日までの約四か月間
昭和五八年五月一九日から昭和五九年六月二七日までの約一三か月間
(3) 後遺症
膝関節機能障害等により、自賠法施行令別表に定める一〇級の後遺症(症状固定日、昭和五九年六月二七日)
(三) 責任原因
本件事故は、被告の前方、左右の安全確認義務違反の過失により発生したものであり、また、被告は、加害車の所有者であり、加害車を自己の運行の用に供していたものであるから民法七〇九条の不法行為責任ないし自賠法三条の運行供用者責任に基づき原告の蒙つた損害を賠償する義務がある。
(四) 損害
(1) 治療費 金一一九万五九六〇円
(2) 入院雑費 金八万一〇〇〇円(一日一〇〇〇円の割合による八一日間)
(3) 付添看護料 金二四万三〇〇〇円(一日三〇〇〇円の割合による八一日間)
(4) 通院交通費 金八万〇八二〇円
(5) 文書料 金四万三〇〇〇円
(6) 休業損害 金五四一万三二八二円
(ア) 原告は、妻と二人で農業を営んでいるもので、昭和五七年度の農業収入は金二九四万一九三一円であるから同年度の原告の農業収入は、その二分の一の金一四七万〇九六五円であるが、農業に従事する期間、一年のうち、四月から五月にかけての一か月間と九月から一〇月にかけての一か月間の計二か月間であるから右の農業収入は、二か月間における収入とみるべきものである。
(イ) そして、原告は、農業のかたわら昭和四六年七月から昭和五五年二月九日まで神栖町会議員をしてきたように、本件事故に遭遇しなければ、一年のうち一〇か月間は他に就職し、賃金センサス第一巻第一表(産業計、企業規模計、学歴計)による本件事故時の原告の年齢である五八年の平均月額金三一万六九〇〇円、一〇か月間で金三一六万九〇〇〇円の収入が得られた。
(ウ) 従つて、原告の本件事故時の年収は右(ア)、(イ)の合計金四六三万九九六五円ということになり、月収に換算すると、金三八万六六六三円となる。
(エ) そして、原告は、本件事故により、昭和五七年一一月一日から昭和五八年一二月三一日まで就労できなかつたからその休業損害は金五四一万三二八二円(月収金三八万六六六三円×一四か月)となる。
(7) 逸失利益 金六四一万九四五一円
原告は、本件事故の受傷のため自賠法施行令別表に定める一〇級の後遺症が残り、二七パーセントの労働能力を喪失し、それによつて蒙つた原告の逸失利益は、少なくとも金六四一万九四五一円(金三〇万〇七〇〇円(五九年の平均賃金月額)×一二(年間月数)×〇・二七(労働能力喪失率)×六・五八九(五九年の新ホフマン係数))となる。
(8) 入、通院慰藉料 金一六〇万円
原告は、本件事故による受傷のため八一日間入院、約一七か月間通院したが、その間の精神的苦痛に対する慰藉料は、金一六〇万円を下らない。
(9) 後遺症慰藉料 金四〇三万円
原告は、本件事故により自賠法施行令別表に定める一〇級の後遺症を残し、その精神的苦痛に対する慰藉料は金四〇三万円を下らない。
(五) 過失相殺
(1) 本件事故については、原告の方にも交差点に進入する際に一時停止を怠つた過失がある。
(2) しかし、たとえ、加害車進行道路に優先道路の標識があつたとしても、実際の幅員は、加害車(被告)進行道路が約八メートル、被害車(原告)進行道路が約一〇メートルで原告の進行道路の方が広いのであるから、被告にも交差点に進入するに際して、減速のうえ、前方、左右の安全を確認する義務があるというべく、これを怠つた被告の過失も重大といわなければならず、その過失割合は、原告が六割、被告が四割とするのが相当である。
(3) よつて、原告の蒙つた損害合計金一九〇三万三七七五円のうち、被告が賠償すべき額は、金七六一万三五一〇円(金一九〇三万三七七五円×〇・四)である。
(六) 損害の填補
原告は、自賠責保険から、次のとおりの支払いを受けた。
(1) 治療費等 金一二〇万円
(2) 後遺症慰藉料 金四〇三万円
(七) よつて、原告は、被告に対し、本件事故による損害賠償として前記(五)項の損害金七六一万三五一〇円から前記(六)項の填補金合計金五二三万円を控除した金二三八万三五一〇円及びこれに対する本件不法行為の後である昭和五九年六月二八日(症状固定日の翌日)から支払いずみに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。
2 請求原因に対する認否
(一) 請求原因(一)の事実は認める。
(二) 同(二)の事実のうち、(3)の原告が後遺症として原告主張の一〇級の認定を受けたことは認めるが、その余はいずれも不知。
(三) 同(三)の事実は認める。
(四) 同(四)の事実は争う。但し、(6)のうち、原告が農業を営んでいることは認める。
(1)の治療費について 昭和五八年六月二三日から昭和五九年六月二七日までの間の白十字会鹿島白十字病院への通院は必要なかつた。また、それ以前に原告が入、通院していた城之内病院においても痛風、大腸過敏症の治療も受け、長期間にわたつて高尿酸血治療剤であるアロシトールの投与を受けている。
(3)の付添看護料について 付添看護を要したのは昭和五七年一一月一日から同月三〇日までの三〇日間であつて八一日間要したとするのは失当である。
(6)の休業損害について 原告は農業のかたわら現在でも神栖町の町会議員として活躍中であつて、本件事故に遭遇しなければ、他に就職し得たとは考えられない。
(7)の逸失利益について 原告の左足関節の運動機能も回復してきており、労働能力喪失に結びつく後遺症は存在しない。
(五) 同(五)の事実のうち、原告にその主張の過失があつたこと、被告に前方、左右の安全確認義務を怠つた過失のあつたことは認めるが、原告の過失割合は八割が相当である。
すなわち、被告の進行道路は、原告の進行道路との関係では優先道路であつて、原則的には徐行義務が解除されており、実際にも原告の進行道路には一時停止の標識が設置されていた。原告は、それにもかかわらず、高速で交差点を通過しようとしたため本件事故が発生したもので、原告の過失は、大きく、被告の過失はわずかであつて、その割合は、原告が八割、被告が二割とするのが相当である。
(六) 同(六)の事実は認める。但し、金四〇三万円の支払いは、後遺症慰藉料としてのみのものではない。
三 証拠
本件の証拠関係は、本件記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これを引用する。
理由
一 請求原因(一)、(三)の事実は、当事者間に争いがなく、成立につき争いのない甲第二ないし第九、第一五号証及び原告本人尋問の結果によれば、原告は、本件事故により左脛骨開放骨折、左腓骨々折、左膝部挫創、頸部、両肩、左胸部、背部各挫傷の傷害を蒙り、城之内病院に昭和五七年一一月一日から昭和五八年一月一〇日までの七一日間及び同年五月九日から同月一八日までの一〇日間の二回にわたつて入院し、同年一月一三日から同年五月八日までの約四か月間及び同月一九日から同年六月七日までの約半月間通院(通院実日数二八日)し、更に、社会福祉法人白十字会鹿島白十字病院(以下、白十字病院という。)に同月二三日から昭和五九年六月二七日までの約一年間通院(通院実日数八四日)し、膝関節機能障害による後遺症(病状固定日昭和五九年六月二七日)を残したことが認められ、これに反する証拠はない。
もつとも、被告は、白十字病院での治療は不必要であつたと主張し、原告本人尋問の結果によれば、原告が白十字病院に通院したのは、原告の判断によることが認められるが、前掲の甲第五、第六号証に照すと、白十字病院での通院治療が必要でなかつたとはいえないところである。
二 そこで、次に損害について判断する。
1 治療費について
前掲甲第七、第八号証によれば、原告が城之内病院での入、通院の治療費の自己負担分は金五六万五六三六円であることが認められ、これに反する証拠はなく、白十字病院における治療費の支出額については、これを認める証拠はない。
そして、成立に争いのない乙第一二号証、第一三号証の一ないし九によれば、原告は、城之内病院において、本件事故による傷害の治療のほかに本件事故とは無関係と考えられる痛風及び大腸過敏症等の治療も受けていたことが認められるが、本件の証拠関係をもつてしては原告が本件事故によつて蒙つた傷害の治療費を右の痛風等の治療費と区別して明確にし得ないといわざるを得ないところ、本件においては、原告が本件事故によつて蒙つた傷害の白十字病院における通院治療費の支出額についてこれを明らかにする証拠がないとはいえ、原告において相応の支出をしたと推認し得るところであつて、この点を考え合わせると、前記認定の原告の自己負担分金五六万五六三六円全額をもつて本件事故による傷害の原告の治療費損害と認めても、その保護範囲を逸脱したものとはいえないと解するを相当とする。
2 入院雑費について
前記認定のとおり、原告は、本件事故による傷害の治療のため城之内病院に昭和五七年一一月一日から昭和五八年一月一〇日までの七一日間及び同年五月九日から同月一八日までの一〇日間の合計八一日間入院していたのであるから、その間、当時の入院雑費として一日当り金六〇〇円相当の支出があつたと推認するを相当とし、原告は、本件事故により右入院期間中入院雑費として合計金四万八六〇〇円の損害を蒙つたと認めるのが相当である。
3 付添看護料について
前掲甲第一五号証及び原告本人尋問の結果によれば、原告は、本件事故による傷害の治療のため城之内病院に合計八一日間入院中、付添看護を要し、その間、実際にも原告の妻や子が付添看護したことが認められ、当時の付添看護料としては一日当り三〇〇〇円が相当であるというべきであるから、原告は、本件事故によつて城之内病院に入院した八一日間付添看護料として一日当り金三〇〇〇円合計金二四万三〇〇〇円の損害を蒙つたというべきである。
4 通院交通費について
原告本人尋問の結果によれば、原告は、本件事故による傷害の治療のため通院にハイヤーを利用し、その料金として合計金八万円支出したことが認められ、前掲の各証拠から認められる原告の傷害の部位、程度からすると、通院にハイヤーを利用するのはやむを得なかつたものというべきであるから、原告は、本件事故のため通院交通費として同額の損害を蒙つたものというべきである。
5 文書料について
成立につき争いのない甲第一〇ないし第一二、第一九号証及び原告本人尋問の結果によれば、原告は、保険会社に送付するための本件事故による傷害の治療の診断書料として合計金四万三〇〇〇円支出したことが認められところであるから本件事故によつて文書料として金四万三〇〇〇円の損害を蒙つたというべきである。
6 休業損害について
原告が本件事故当時、農業を営んでいたことは当事者間に争いがなく、原本の存在及び成立につき争いのない甲第一七号証及び原告本人尋問の結果によると、原告の農業経営は妻と二人で行い、昭和五七年の農業収入は年金二九四万一九三一円であつたことが認められ、これに反する証拠はない。
そうだとすると、原告の本件事故当時の農業収入は、原告において自認するとおり金一四七万〇九六五円と認めるを相当とする。
ところで、原告は、本件事故に遭遇しなければ、農業のほかに他に就職し、一年のうち、一〇か月間は賃金センサス第一巻第一表(産業計、企業規模計、学歴計)に基づく平均月額金三一万六九〇〇円の収入が得られた旨主張し、原告本人尋問の結果中には、原告は土建業を営んでいる友人から働いてみないかと誘われたとする供述部分もあるが、一方、農業以外には、住民の相談を受けていたとする部分もあり、友人からの就職の誘いについては考慮中だつたというのであつて、右の供述部分のみでは、未だ原告が本件事故に遭遇しなければ、農業以外に他に就職して原告主張の収入を得たとは断ずることはできず、他に原告の右主張を認めるに足る証拠はない。
そうだとすると、原告の本件事故による休業損害は、前記の農業収入の年収金一四七万〇九六五円に基づいて算定するのが相当であるというべきである。
そして、原告は、休業期間を本件事故当日の昭和五七年一一月一日から昭和五八年一二月三一日までとし、前掲の各証拠(甲第二ないし第九、第一五号証)から認められる原告の受傷の程度からすると、少なくとも右の期間は休業せざるをえなかつたと解されるから、原告が本件事故によつて蒙つた休業損害は、年収金一四七万〇九六五円の一四か月分である金一七一万六一二五円というべきである。
7 逸失利益について
原告が本件事故による後遺症が自賠法施行令の別表に定める一〇級に該当する旨の認定を受けたことは当事者間に争いがなく、これに前掲甲第六号証及び原告本人尋問の結果から認められる後遺症の程度、身体状況等を併せ考えると、本件事故による後遺症のために生じた原告の労働能力喪失の割合は、二七パーセントと認めるを相当とし、原告本人尋問の結果によれば、原告は、本件事故による後遺症の症状固定当時五九年で、本件事故前に病弱だつたと認めるべき証拠のない本件においては、本件事故に遭遇しなければ六七年までの八年間労働能力を喪失することなく稼働し得たと認められるから前記の原告の年収金一四七万〇九六五円を基礎にホフマン式計算方式(五パーセント年毎方式)により中間利息を控除して原告の後遺症による逸失利益の現価を算定すると、金二六一万六七四二円(一四七万〇九六五円(年収)×〇・二七(労働能力喪失率)×六・五八八六二七六四(稼働可能年数(労働能力喪失期間)八年の新ホフマン係数))となり、原告は本件事故のため後遺症による逸失利益として同額の損害を蒙つたというべきである。
8 慰藉料
前記認定のとおり、原告は、本件事故による傷害の治療のため八一日間入院するとともに約一年四か月程通院(通院実日数一〇二日)し、自賠法施行令別表に定める一〇級の認定を受けた後遺障害が残り、その他原告本人尋問の結果から認められるその他の事情を併せ考えると、本件事故により原告が蒙つた精神的苦痛に対する慰藉料は、金三五〇万円が相当である。
三 次に、過失相殺について判断する。
1 本件事故につき、原告に交差点の手前で一時停止をしなかつた過失、被告に前方、左右の安全確認を怠つた過失のあることは当事者間に争いがない。
2 本件事故現場の写真であることにつき、争いのない乙第九号証の一ないし五、原、被告本人尋問の各結果によれば、本件事故現場における加害車(被告)の進行道路は、被害車(原告)の進行道路に対して優先道路であつて、原告の進行道路(幅員約一〇メートル)上には本件事故現場の交差点の手前に一時停止の交通標識が設置されていたにもかかわらず、原告は、右の交差点手前で一時停止をせず(一時停止をしなかつた点は原告の自認するところである。)、また、左方道路の交通の安全を確認することなく被害車を運転して右交差点に進入して、折から時速約四〇キロメートルで左方道路(幅員約八メートル)から同交差点に進入してきた被告運転の加害車に左側面を衝突されたもの(被告運転の加害車が被害車の左側面に衝突した点は当事者間に争いがない。)であることが認められる。原告は、この点につき、原告本人尋問において、同交差点の手前で一時停止をしたし、また、左右の安全確認をした旨強弁するが、その供述部分には前後矛盾する部分があるばかりでなく、一時停止したとする点は、原告の前記自認とも反し、被告本人尋問の結果に照しても右の供述部分は措信できず、他に右認定を左右するに足る証拠はない。
3 右の当事者間に争いない事実及び認定事実によれば、原告運転の被害車の方が本件事故現場の交差点に先入したと認められるが、原告の進行道路に対し交差道路の方が優先道路であり、進行道路の右交差点手前に一時停止の標識が設置されているにもかかわらず、原告は、交差点手前で一時停止せず、しかも、交差道路左方の交通の安全を確認せずに同交差点に進入したものであつて、原告の過失は重大であり、その過失割合は原告の方が七割被告の方は三割と認めるのが相当である。
そうだとすると、被告が原告に対し賠償すべき損害額は、前記二の1ないし3の損害合計金八八一万三一〇三円について過失相殺により七割を減額した金二六四万三九三〇円ということになる。
四 ところで、原告が自賠責保険から合計金五二三万円の支払いを受けていることは当事者間に争いがないところであつて、これによれば、原告が本件事故によつて蒙つた損害について被告が賠償すべき分については既に補填されたことは明らかである。
五 よつて、原告の本訴請求は、理由がないので棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 円井義弘)